Kのこと (2)

彼の死から半年たち、お墓参りに行こうという話が浮上した。

自らが窓口として心の中で期限を切っていたが、詳細がわからない中、彼の奥さんにどう切り出せば良いのかと会話の組み立てに悩んでいた。
たまたま内部倒産でKとともに新会社へ移った先輩を社内で見かけ、一時期はKの上司でもあったことから、何か知っているはずだと思い話しかけてみた。先輩は、ここでは話せないからと廊下に出て2人で話をした。当然悪い予感がした。
2016年頃から休職を繰り返し昨年10月に自死ということだった。会社側は奥さんに連絡を何度か取ったが拒否され会社は彼の葬儀さえ出席できていないということだった。

これが引き金となり、少し想定問答を考えた上で、意を決し週末に電話してみた。
初めての電話はつながらず、なぜか安堵の気持ちが生じたが、一方、頭の中はもはや連絡が付かないのかという焦りも出てきた。そこで日曜日の夕刻に再び電話してみた。
しばらくしてつながった。旧知である奥さんの警戒トーンでの「はい」に対して挨拶した。
会社から何度か電話がかかってきていてその度ごとにお断りしていて、少し落ち着いたところだということだった。ただ今も心のゆとりは無く、年内は誰も受け入れられない。彼も来てくれたら喜ぶと思ってるが、お骨は家にあり納骨もしていないし、家でも簡易的な・・・、先で連絡くれと言うことだった。

一方的な話だったので、少し食い下がってみたが、会話からはとうてい受け入れられる余地がないように感じ電話をおいた。
電話終えてから、食い下がったことにまだまだ人間できていないと反省した。
みんなに連絡し、歳月が奥さんの気持ちを落ち着かせるまでお墓参りを延ばすことにした。

いつのことになるのだろうか。

彼との直接のやりとりのは同じ部署だった頃から減ったとはいえ、facebookや年賀状は毎年やりとりしていた。彼は若干歳上の私をさん付けの下の名前だけでいつもどこでも呼んでくれてた良い奴だ。そういう行動にたどり着くまでの負の積算の兆しを仲が良かったはずの自分はどうして全く気づかなかったのかという悔いが思い出寿命の間残る。

昨年暮れに喪中はがきをもらった際にfacebookの彼のページを見た。頻繁に書き込まれていて2017年のGWに家族でBBQを楽しく過ごしたと書かれていた。だから亡くなったのが本当に信じられなかった。

改めて彼のfacebookを見た。
GWのその出来事が彼が書き込んだ最後となっていた。そして3月1日が彼の誕生日だった。1,000人を超える友人からのおめでとうのお祝いメッセージが新たに多数書き込まれていた。
律儀な彼は必ず返信するはずなのだがそこには何も書かれてなかった。

本当に彼はいなくなったんだと実感し、悲しさと寂しさと、自分の圧倒的無力感に泣いた。