NHK新日本風土記「お化け屋敷」

お化け屋敷用の人形を作っている人形師のお爺さん、父を手伝い10歳から人形を作ってきた中田さん(89歳)のお話。
NHKだけに怖すぎる。。

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新日本風土記「お化け屋敷」

ナレーション
「人形は完成させずに納品するのが中田さんのやり方です。」

中田さん
「 これにあるでしょ。(人形の頭頂部を指さす。) ここに白いのがあります。(白い点がある。)それを残すと未完成です。あれを塗ったら完成です。魂が入るわけです。・・・・・生きたもんになるわけです。性根が入る。・・・・・まぁ動いたり・・たたったり・・ありますよ。そういうことがなぁ。」

ナレーション
「納めた人形を送り返されたこともあります。」

中田さん
「 わけ言わんのです、聞いても。とにかくおかしなことがおきるから言うて、海へ持って行って、流したんです。・・・・・ここへのうってな、電気を消すとガラスやけん目が光るんです。目がな。」

ナレーション
「作った人形師でさえ、時に恐怖を覚える人形。命が無いはずのものに、命が宿ります。」

中国 西安旅行 7/31 – 8/2 (兵馬俑)

7/31 – 8/2 西安旅行

飲み会

大連から来た一行と飲み会。

花粉症こじらせ病院へ

杉の季節からヒノキに変わった途端、咳と鼻水止まらず。ちょうど休めない時期で職場で一人コンコン。
来週月曜は監査法人の監査対応なので近くの病院へ。
おじいちゃん先生なんだけど、壁に飾ってる英字の様々な証書が若い頃アメリカで医師として頑張っていたことを伺わせる。
確かに患者には外人さんが多く、先生の流暢な会話を聞いているとうらやましいほどだ。

人生の岐路

NDAを2回も書かされた件で今日から来年7月迄大変な日々が続く。
構造改革は英語でrestructure.
自分の運の強さに感謝する他ない。

送別会

今日は約2年一緒に働 いたパートナーMさんの送別会。組織の収支上契約終了せざるを得なかった。とても残念だ。
ただ収支を悪化させ原因を作り出した社員の一人は2次会もハイテンションで盛り上がってる。2人で朝まで飲むらしい。
なんか複雑な気分で2次会おわりで早々に帰途に着く。

今日の出来事

今日は今月末で退職する人のチームの送別会。

昨年10月に着任して以来2人目だ。
彼最後の挨拶で曰く、今のポジションを説明するとあっさり次の会社が決まったとのこと。

ローコストな組織運営が求められる中、チームリーダとしては喜ぶべきなのだろうが心境は複雑だ。

2次会のカラオケを出て彼と握手して別れる。

説明できない心境なのに、素直にじゃあって言える日ってあるよね。

会社が巨額赤字になって

会社が巨額赤字となり、子会社へ10/1付で出向となった。
セクション丸ごとだったがスタッフ業務とシステム統括管理業務が50%ずつの私の担当部署の行方は、子会社のスタッフ部署ではなく、システム開発部署だった。統括だけでなく開発業務そのものも管理し、さらにスタッフ業務も行うという奇妙な位置づけだ。

変なのは予算もそうで、出向元、出向先の両方の部署の予算を管理する。つまり今までの仕入先に出向し、出向先部署での売上先は出向元の自分の部署となり、出向元での決裁はコンプライアンス上のことがありルートが異なるものの、実質出向先での売上/出向元での仕入も自分で行うことになった。
見かけの人員削減を守るために無理が生じていて、何という内部ロスコストなんだろうと思う。

子会社へは親会社から落下傘のように出向となり出向者とプロパーの人員比は1:1となり、責任者は軒並み出向者にすげ替わった。
出向したことで、業務量と人のバランスがおかしく子会社と何度も揉めた委託契約金額は、35%暴利を貪られていたためとあっさりわかり前任の責任者に呆れるしかなかった。それだけ暴利なのに収支トントン、組織運営上の課題が多く、部下も出向先のプロパー含め約5倍に増え、「The 管理職」というますます自分の理想から遠い仕事で毎日が楽しくなさすぎている。

早期退職対象受諾者の対応も終わり、早期退職対象拒否者の対応がこれからだ。早期退職対象者への面談はさらに上位の責任者が行うため双方から漏れ聞くことしかなかったが、ネットニュースでNECの面談について知っていて自分の会社でも同じ状況であることがわかった。そういう情報は伝わるのも広く、会社のことを「うちの会社」じゃなく第3人称で呼んでいることを聞くことが多くなり、皆会社に対する「何か」が壊れたように感じる。

立場上、色々知ることがあり、前向きに思えることほとんど無い。

君と、街と、

3:30am 何だか眠れない。

1年に何回か来るこの症状。
そういうときは、目を閉じ音楽を聴きながらひたすらリラックスし、その時間を楽しむこととしている。

今日は久々にMasnacさん のmidi「君と、街と、」(kimimati.mid)を聞いてみた。ときどきこの曲が聴きたくなるのだ。
僕が持っているファイルの更新日時は 2001/5/5 1:16amだった。その日も今日のように夜間のネットを徘徊していたのだろう。。
当時の彼のサイトでは「10分近くある、きれい系インスト曲です。なかなか印象的な感じ♪」と書かれている通り、とても良いメロディだ。

ただ、とっても残念なことに、この midi ファイルは現在は公開されていない。

吉江審さん(1999年没)の義兄が吉江さんを偲んで、義兄に出された年賀状(1966-1999)を紹介していたサイトがかつてはあり、MasnacさんがそのサイトにBGMを提供されていた。そこから辿ってこの曲を知った。
話は少しそれるが、吉江審さんの年賀状は版画だと思うが、特に1960年代のものが「日本の冬」のイメージそのもので自分の中で殿堂入りしている。

Good bye , Dear my boss

今週初め(7/9月曜)に、前の職場で上司だったCさんが急逝された。
月曜夕方に元職場の人から初めて聞いたときは全く思いもできないことだったから「え、嘘だろ?」ともう一度聞き直してしまった。
急性心不全。高血圧気味だったとはいえ、スーパーハードな業務の責任者だったので、相当なストレスだったと思う。

東京遠距離通勤時代のB2Cサイトを担当していた時の上司で、時には客先へお詫びに一緒に行ってもらったりしていた。
メイン客先のトップ3人は感情の起伏が相当激しい人たちだったこともあり、その方々を相手している僕に対し、「ほんと、よくやってるよね。俺は無理。」とねぎらいの言葉をかけていただいたことなど色々思い返してしまい、その日から今週は、何かの機会に思い出すたび、涙目な会社生活な日々だった。こうやって書いている今も涙目。

火曜日晩、お通夜に参列した。お通夜の終わりに故人へご挨拶できる機会があった。もう幾度となく、こういう場に参列し木箱の中で白く包まれた故人を見る機会が増えたとはいえ、大変お世話になったCさんをそこに見ると、やっぱり受け入れがたいし、無念だろうし、もういろんな感情がこみ上げてきて、とても悲しくて号泣してしまった。

最後に喪主である奥様は挨拶で気丈にもこう言われた。
日曜はサイクリングにも行き元気だったが月曜朝突然倒れ、そのまま息を引き取った。一瞬だったそうで、せめて苦しまずによかった。15歳から35年間一緒にいたので、まだ信じられない。今日の通夜にこんなにたくさんの人が来てくれてありがたい。

お通夜、告別式とお手伝いで出ていた元職場の人からは、告別式の時はさすがに奥様は号泣され続けで心情的に見ていられなかったと聞いた。

ググると顔写真入りのインタービュー記事が残っていて、今も存在を感じさせる。

安らかにお眠りください、慕う人々の思い出寿命の中で。